Project4 大船渡の生活を守れ、水産業を守れ。 震災復興に、メタウォーターの最先端技術を生かす Name:大船渡市サテライトMBR移設 Place:大船渡市蛸ノ浦地区、根白地区(岩手県) Date:2011年移設・稼動開始 Keywords:震災復興・MBR(膜分離活性汚泥法)

chapter1『条件~課題』人も牡蠣も救う下水処理エンジニアリング。 → chapter2『現地~使命』運命の出会い。 → chapter3『検証~調整~準備』復旧のカギを握るもの。 → chapter4『移設~現在』そして、海は甦る。

2011年3月11日14時46分、三陸沖を震源とする国内最大M9.0の地震が発生し、岩手県南部の太平洋沿岸に位置する大船渡市では震度6弱を観測。地震に伴う津波で大船渡市は甚大な被害を受け、死者・行方不明者数は400人以上にのぼった。水道、電気といったライフラインは分断され、市民生活には大きな支障が出るなか、日本中から多くのボランティアが集まり、市の復旧に向けての活動が始まっていた。

メタウォーターも震災当日に災害対策本部を本社に設置。断水が続く地域の飲料水確保のために小型で移動可能な浄水設備(セラミック膜ろ過システム)の提供や、ポケット線量計や放射線水モニタの提供、被災地への義援金の拠出など、全社を挙げての復興支援へ向けて動き始めていた。

「ライフラインを支える会社だからできること」

一口に復興支援と言っても、瓦礫の撤去、街の整備、市民生活のサポートなど様々な支援の活動内容があり、国ができること、自治体ができること、企業にできること、市民ボランティアができること、それぞれが自分たちに何ができるかを模索しながら、被災地の復旧・復興に取り組んでいた。
ライフラインを支える会社であるメタウォーターだからこそできることがある、メタウォーターだからやるべきことがある。それは、自分たちの本業である上水道・下水道の復旧を通して被災地の復興に貢献すること。それは社内共通の想いだった。

現地での復旧作業が進む中、営業企画の稲垣には気がかりなことがあった。
「飲み水を運ぶ上水道はいち早く復旧される。しかし下水道はどうしても後回しになる」。
下水道が不通の期間が長くなるほど、衛生面の環境悪化は深刻さを増していく。しかもこれから気温が高くなる季節を迎えることで、さらなるリスクの高まりが予想された。
上水道はもちろん下水処理のプロフェッショナルとしてメタウォーターは、下水道の障害を解決することの重要性を見据えていた。だが、地震と津波による被害が甚大な被災地の下水道復旧は早急には進まなかった。

その解決方法として、活用が議論されていたのがMBRだった。MBRとは、メタウォーターが2009年に国交省のA-JUMPプロジェクトに参加し開発してきたセラミック膜を使って高品質な下水処理を行う新技術で、メタウォーターのシステムは移設も可能だった。まだ実証実験段階だったが、愛知県で実際の処理施設内において稼働していた。「この設備を、どの被災地に、どう活かせるか?」をメタウォーターは模索していた。

3月下旬、稲垣に東北地域の担当営業から連絡が入った。
「大船渡市から相談されているんですが、海側の漁業集落排水施設(以下:漁集排施設)が津波で相当な被害を受けて、下水処理がまったくできない状態だそうです。僕たちで何とかできませんか?」
稲垣は即答した。
「すぐにMBRを移設しよう」。

愛知県碧南市見合町の実証設備

早速、稲垣はMBRの開発にあたっていた知多事業所に連絡を入れた。
「愛知県で実証中のMBR施設を被災地の大船渡に移設したい」
稲垣からの依頼を受けたのが、MBR開発を担当していた甘道らだった。
「機能的に問題ないはず。まずは大船渡の状況を確かめさせて欲しい」。
甘道たち開発スタッフはそう答えた。
こうしてひとつの復興プロジェクトが動き出した。

人も牡蠣も救う下水処理エンジニアリング。条件~課題

プロジェクトチームはまず、この実証設備が被災地で実際に役立てるのかの検討から始めた。
大船渡市は、高級牡蠣の養殖などで名高い水産業の街。養殖に必要な水質を保つために、下水そのものを海に流すことはもちろん、処理された水を湾内に流すことも許されなかった。
浄化センターではこれまで、海中に設置したパイプを通して養殖場のある海域から離れた沖合いで浄化処理を行った再生水を放流していた。
しかし津波による被害でその施設の運転は不可能になっていた。
設備そのものを完全に復旧するためには数ヶ月以上かかる。
だが、生活排水は止められない。とはいえ、そのまま排水を海に流せば、牡蠣の養殖に多大な影響を及ぼす。
さらに懸念されたのは、夏を迎え気温が上昇することにより衛生面のリスクが高まることだった。

MBRであれば、下水を高品質に浄化できるために処理した水を海にそのまま流すこともできる。
しかも、このユニットは災害など緊急時にも備え可搬性を考慮して設計されており、様々な用途への転用が容易になっていた。

市民生活の衛生面を守りながら、牡蠣を救うこともできる。
まさにMBRは、大船渡市の状況にうってつけの技術だった。
甘道は検証を進めながら、このMBRが十分に活用できるという確信を深めていった。

後は現地の汚水の質が気がかりだった。
被災地では通常の下水処理場に入ってこない汚水が入ってくる可能性があった。
どんな水質の水がどの程度の量で処理場に入ってくるのか?その確認が必要だった。
また、移設する現場の状況も重要だった。
運ぶためのルートは問題ないか?設置する場所の状態はどうか?
施工に必要な資材やスタッフは現地で調達できるか?さまざまな現地の状況確認が必要だった。

運命の出会い。現地~使命

4月下旬、稲垣をはじめ数名は、震災のために不通になっていた東北新幹線が再開するとすぐに大船渡へ向かった。
新幹線を一ノ関駅で降りて、車に乗り換える。
被災地を抜けながら、一時間走ると大船渡市に到着した。

プロジェクトメンバーは津波で大きな痛手を受けた大船渡市の街を目の当たりにした瞬間、予想を超える被害の状況に言葉を失った。しかし、街中でたくさんの市民やボランティアスタッフが街の復興に取り組んでいる様子を見るうちに、今自分たちがやれることをやっていくんだという強い気持ちが湧き上がっていた。

そのメンバーを、復興に全力で取り組んでいる大船渡市役所で下水道復旧にあたっている一人の職員が出迎えた。
その人こそが今回の下水処理装置を依頼した大船渡市水産課熊井係長(現下水道事業所長補佐)だった。

「一日でも、一時間でも、一秒でも早く」

「自分たちでできることは自分たちでやっています。僕らにできないがあなたたちにできることで力を貸してもらえないだろうか。中でも漁業集落排水の処理施設が津波に持っていかれて、どうにもならない状態が続いている。衛生的にリスクの高まる夏も迫っている、市の産業の中心である養殖業の復興も急務だ。一日でも、一時間でも、一秒でも早く、下水処理を再開させたい。大船渡の街と、大船渡の宝である牡蠣を救って欲しい」
熱い口調で熊井係長はプロジェクトメンバー全員に語りかけた。

熊井係長は、被災直後から自らフォークリフトを使って道を整備し、各下水処理場を回りながら機器を点検・修繕し、また岩手県や国交省との交渉役を果たすなど、復旧へ精力的に取り組んでいた。
その復興への強い思いとバイタリティ溢れる行動力に、メンバー全員が心を揺さぶられた。
MBRを大船渡に一日でも早く移設する。大船渡市民の生活と漁業のために一秒でも早く解決する。
その使命へ向けてメタウォーターのメンバーは一丸となっていった。

復旧のカギを握るもの。検証~調整~準備

対象となる漁業集落排水施設は二カ所あった。一カ所が赤崎町の蛸ノ浦地区、もう一カ所が三陸町の根白地区だった。

まずは現地の状況を確認して、MBRが実際に応えられるかの検証から始まった。
その作業は甘道ら技術が中心となり急ピッチで進めて行った。

営業企画の稲垣は、MBR施設の所有者である国交省、漁業集落排水施設を管轄する農水省、現在のMBR施設の使用者の愛知県、そして岩手県、大船渡市とのパイプ役として各関係機関との調整に取りかかった。

納入機器の選択、資材の調達など、さまざまな発注を管理する調達担当の松永は、今回のプロジェクトの最大の使命である "復旧のスピード"のカギを握るのは、移設以前にどこまで役割分担を詳細に詰められるかが最重要と判断していた。
移設元(愛知県)と移設先(大船渡市)が離れており、地の利のある現地業者が異なる。
さらに施設を解体して再構築するので同一業者で施工するのが理想だが、移設先で人手・宿を確保するのは愛知の設置業者では困難、不測の事態への対応力も劣る。そこで移設元は愛知県内業者、移設先は地元業者にて施工を行うことを決定。
松永は、送り元と受取り先での業者間の連携を深めるために、移設元である愛知県見合ポンプ場に全ての関係者を招集し、どう分解して、どの様に運び込むのが、再構築しやすいか?破損や間違いを起こさないか?施工方法・分担・工程を慎重に決めていった。

「はやる気持ちと、プロとしての冷静さの葛藤」

一日でも一秒でも早く設置して欲しいという想いは、現地はもちろん国交省もメタウォーターも同じだった。
だが、通常の進め方では国による許認可もメタウォーター社内での作業プロセスでも時間がかかりすぎる。
しかし現地の状況に時間的な余裕はない。
少しでも時間を短縮するため、甘道、稲垣、松永らプロジェクトメンバーはそれぞれの役割やこれまでの常識を超えて、いま自分たちができることを一つひとつ全力であたっていった。

そして一ヶ月後
技術の検証、関係者の調整、移設工事の準備が整った。
震災から2ヶ月後の5月、ついに移設の本工事が開始された。

そして、海は甦る。移設~現在

MBR施設はユニットごとに解体され何台もの大型トラックに分乗し、陸路で愛知県から大船渡まで運んでいった。現場である下水処理場は港のそばの漁業地域にあった。
ほとんどの水産加工場が津波で被災しており、製品の原料だった魚があたり一面に散乱して、周囲に強烈な臭いを発していた。
二階まで海水に浸水された浄化センターの中は震災直後のままで、仮事務所の電気は不通で、エアコンも扇風機も使えない状態だった。

「このプロジェクトは、ダメでしたじゃ済まない」

ようやく始まった移設工事だったが、順風満帆とは言えなかった。
下水配管が地盤沈下して痛んでいるため、通常の下水処理している水質とは全く違う海水も入り込んだりする可能性もあり、想定外の事態が予想された。
技術担当の甘道は、その対応のためほぼ毎週、知多から大船渡へ通っていた。
「確かに、現地は普通ではない状況で、トラブルは予想を超えている。でも僕たちはダメでしたじゃ済まない。一日でも早い市民生活の復旧と地域産業の復興を支えるという、市民の皆さんと漁業関係者の皆さんの大きな期待を背負っている」
その使命感が短期間でかつてない壁を超えて行く原動力になっていた。

大船渡蛸ノ浦に設置したMBR

熊井係長も足繁く現場に顔を出した。
その場で、甘道や稲垣、工事にあたった建設部のメンバーや現地の施工会社と話し込み、何が最善なのか、その対応策を次々と決め、トライ&エラーを繰り返しながら問題点をクリアして行った。

大船渡市、関係者全員の懸命な努力の甲斐あって、8月に蛸ノ浦に設置したMBRは稼働を開始した。
大船渡市職員、メタウォーターなどの関係者が見守る中、浄化された水が牡蠣の待つ海へと放流された。

その澄んだ再生水の澱みのない流れを見ながら、稲垣は安堵すると同時にこう思った。
間もなくもう一機の根白地区のMBRも稼働する。下水処理という目の前の緊急課題には目処がたった。
いよいよインフラ自体をどうするかという大きなテーマとどう向き合うか。
単に復旧するだけではなく、大船渡市が目指すこれからの地域社会のあり方を実践すること。
それはメタウォーターが目指す次代の上下水道事業の在り方でもあった。

「さぁこれからが大切だ」

そうつぶやくと稲垣は海へ向かって歩き出した。
目の前には、美しく輝く大船渡湾が広がっていた。

Member's voice

技術

自分がR&Dセンターで開発に関わった新しい下水処理設備が、実際に被災地の復興に役立てることに誇りを感じます。また、今回のプロジェクトでメタウォーターの組織力をあらためて実感しました。今後はチームワークを活かして、セラミック膜を用いた下水処理設備の普及に取り組んで行きます。

調達

調達という立場から、こうやったらもっとコストを抑えられる、こうやったらもっと早くできるという提案で復旧に貢献できたので、やりがいをものすごく感じました。これからも、大船渡市様の他にもたくさんの被災地の復興の力になっていけたらと思います。

営業

震災復興に関わることは、水インフラのあるべき姿やメタウォーターとしての役割を再考する契機になりました。製品やサービスを納めたら、その仕事が完結するということではなく、その先のまちづくり全体に貢献していくために新しい価値を創造することが私たちに求められていることですし、メタウォーターがやるべきことなのだなと強く思いました。

※記事内容は、取材当時のものです。

  1. ホーム>
  2. プロジェクト事例>
  3. 大船渡の生活を守れ、水産業を守れ

METAWATER 新卒採用サイト

プロジェクト事例

マイナビ2019(新しいウインドウを開きます)
就活クールビズ by OfferBox